2020条/页,1页
1楼主 = =2015/2/22 9:43:00
2 = =2015/2/22 9:44:00
3 = =2015/2/22 9:50:00
4 = =2015/2/22 9:52:00
7 = =2015/2/22 10:01:00
8 = =2015/2/22 10:03:00
9 = =2015/2/22 10:05:00
10 = =2015/2/22 10:13:00
13 = =2015/2/22 12:39:00
「世界的な無秩序がこれからさらには起こってくると思うんです。そういうときに、安倍さんの言っていることはシンプルすぎる。そういう懸念は僕はもっています」
昨日2月16日、宮崎駿監督がTBSラジオ『荒川強啓デイ?キャッチ!』に録音出演、ジャーナリスト?青木理氏のインタビュー取材に応じ、その発言が大きな話題を集めている。
まず、フランス週刊新聞「シャルリー?エブド」への襲撃事件の発端となった風刺画のあり方について問われると、「まずもって自国の政治家にやるべきであって、他国の政治家にやるのはうさんくさくなるだけ」と述べ、「いまのイスラム国の問題も、日本のやたらに札束をすっているような経済の運営の仕方も、末期的症状の前駆的症状だと思う」と世界と日本の社会状況を批判。そして、冒頭で紹介したように、安倍首相へも不信感を口にしたのだ。
宮崎監督は、安倍首相に対する意見を、こうつづけた。
「(安倍首相は)もう少し腹になんか複雑なものをかかえて、何かをやらないと……。そのとき、平和憲法がとても役に立つんですよ。「俺たちはこの憲法を守らなきゃいけないんでね、そっちにいきたくてもいけないんです」ってね」
また、憲法論議にかぎらず、サザンオールスターズの謝罪問題に象徴されるような世間に広がる言論の萎縮ムードについても、「愚かな奴は自粛するだろうし、自粛した程度のものしか考えないで発言したんだろうなと思うんですよ。それほど、それが世論の大勢を占めているんでしょうか? 僕にはわからないんですよ」と言明。“自粛するくらいならハナからやるな”と表現者としての矜持を見せた。
さらに、百田尚樹『永遠の0』などの“零戦賛美”の風潮にも、宮崎監督は“そんなものはただのナルシシズムだ”と喝破する。
「それがいちばん楽なんです(力を込めて)。そうやって総括してしまうのが。そうすると、そこからいつまでたっても抜けだせないですね。自分たちの歴史に対するものの見方もそこから抜け出せないです。もうナルシシズムなんですよ」
今回、番組内で放送されたインタビューは30分程度だったが、実際は2時間近くに及んだという。ポッドキャスティングではこのインタビューのロングバージョンが公開されているものの、放送や配信から洩れた部分には、もっと突っ込んだ話があったらしい。
いったい他にどんな発言をしたかの詳細は不明だが、映画の公開前後のプロモーションでもなければ滅多に取材に応じない宮崎監督が、今回、ラジオ番組に出演したのはおそらく、現在の政治?社会状況への並々ならぬ危機感があったからだろう。実際、これまでも、宮崎監督はとくに憲法改正を進める安倍首相に対して強い懸念を示してきた。
たとえば、2013年に発行したスタジオジブリの小冊子「熱風」7月号では「憲法改正」を特集に掲げて大きな反響を呼んだが、このなかで宮崎監督は、
「憲法を変えることについては、反対に決まっています。選挙をやれば得票率も投票率も低い、そういうZheng__Fuがどさくさに紛れて、思いつきのような方法で憲法を変えようなんて、もってのほかです。本当にそう思います」
「Zheng__Fuのトップや政党のトップたちの歴史感覚のなさや定見のなさには、呆れるばかりです。考えの足りない人間が憲法なんかいじらないほうがいい。本当に勉強しないで、ちょこちょこっと考えて思いついたことや、耳に心地よいことしか言わない奴の話だけを聞いて方針を決めているんですから」
と、安倍首相の姑息な改憲路線に加え、政治家として最低限の知性さえ持ち合わせていないことを断罪。さらに語気を強めて、こう述べている。
「それで国際的な舞台に出してみたら、総スカンを食って慌てて「村山談話を基本的には尊重する」みたいなことを言う、まったく。「基本的に」って何でしょうか。「おまえはそれを全否定してたんじゃないのか?」と思います。きっとアベノミクスも早晩ダメになりますから」
これだけではない。この発言と同時期に宮崎監督はネトウヨから殺害予告も受けていたが、そんなものにも怯まず、慰安婦問題や領土問題にも踏み込んでいる。
「(戦前の日本は)悪かったんですよ。それは認めなきゃダメです。慰安婦の問題も、それぞれの民族の誇りの問題だから、きちんと謝罪してちゃんと賠償すべきです。領土問題は、半分に分けるか、あるいは「両方で管理しましょう」という提案をする。この問題はどんなに揉めても、国際司法裁判所に提訴しても収まるはずがありません。かつて日本が膨張したように、膨張する国もあります。でも、その度に戦争をするわけにはいかない。そんなことよりも、今は、日本の産業構造を変えていこうというまじめな取り組みをすべきだと本当に思いますよ。こんな原発だらけの国で戦争なんかできっこないじゃないですか」
多くの評論家たちが批判に晒されることを恐れ、自分の意見を言うことを尻込みするなか、ここまで言い切る表現者は日本にはいない。それは向こう見ずだからとか肝が据わっているとか、そういうことじゃない。たぶん、本気で怒っているのだ。
そもそも宮崎監督は、空襲も疎開も経験している戦争体験者である。そして、少年時代の宮崎は、航空機や艦船に興味をもつ、いまで言う“ミリヲタ”でもあった。だが、大学の講義で「戦争経済というものがどれほど国民経済を破壊するか」ということを知ってからは、“航空機関関係と戦記ものの本を全部捨てた”のだという。
「ものの見方が全然変わってたんです。経済とか社会とかいろんなものを抜きに飛行機を語るのはくだらないと。(中略)でも、相変わらずバカがいっぱい出てきて、零戦がどうのこうのって幻影を撒き散らしたりね。戦艦大和もそうです。負けた戦争なのに」(ロッキング?オン「CUT」13年9月号)
戦争の責任や他国への視点もなく、考えなしで戦争への憧れを語る者は許せない──だからこそ、安倍首相や百田尚樹のような都合のいい部分しか見ようとしない“ナルシシズム”の人間を徹底して批判するし、先の戦争への反省と新たな戦争に突き進もうとする日本に警告をつづけるのだ。
そういう意味では、今回、ラジオで放送されたインタビューだけでは、宮崎の懸念が十分伝わったとは言えない。憲法改正という最悪の事態へ進みつつあるいまだからこそ、宮崎監督にはもっと前面に出ていろいろしゃべってほしいと思うのだが……問題は、それを取り上げることができるメディアがどれくらいあるのか、というほうなのかもしれない。
15 = =2015/2/22 13:09:00
宮崎駿に続き高畑勲も安倍首相を批判!「『火垂るの墓』では戦争を止められない」
ついに日本時間の23日、第87回アカデミー賞が発表になる。注目は、長編アニメ映画部門賞にノミネートされている高畑勲監督作品『かぐや姫の物語』の行方。長編アニメ映画部門で日本人がノミネートされるのは、宮崎駿監督以外でははじめてのこと。さらにもし受賞すれば、2002年の『千と千尋の神隠し』以来2度目の快挙となる。下馬評では『ヒックとドラゴン2(仮題)』の受賞が有力視されているが、『かぐや姫の物語』の群を抜いた芸術性によって、高畑監督は世界から視線を集めているといっていいだろう。
高畑監督といえば、1988年に日本で公開された『火垂るの墓』が海外でも高い評価を受け、イギリスでは実写映画化される予定も。いまなお“反戦映画”として引き継がれている名作だが、じつは、高畑監督はこの自作について意外な認識をもっているらしい。
「『火垂るの墓』は反戦映画と評されますが、反戦映画が戦争を起こさないため、止めるためのものであるなら、あの作品はそうした役には立たないのではないか。そう言うと大抵は驚かれますが」
このように答えているのは、今年の元旦、神奈川新聞に掲載されたインタビューでのこと。
しかし、『火垂るの墓』を観たときに多くの人が抱くのは、なんの罪もない幼い兄妹?清太と節子が戦争に巻きこまれ、死に追いやられることへのやり場のない怒りと悲しみだ。そして、やさしいはずの親戚さえ手を差し伸べなくなるという、戦争のもうひとつの恐ろしさを知る。死にたくない、殺されたくない、あんなひもじい思いは絶対にしたくない──そういう気持ちが生まれる『火垂るの墓』は反戦映画だと思っていたし、実際、学校などでも「戦争という過ちを犯さないために」という理由で『火垂るの墓』が上映されることは多い。
それがいったいなぜ役に立たないのか。高畑監督はこう語っている。
「攻め込まれてひどい目に遭った経験をいくら伝えても、これからの戦争を止める力にはなりにくいのではないか。なぜか。為政者が次なる戦争を始める時は「そういう目に遭わないために戦争をするのだ」と言うに決まっているからです。自衛のための戦争だ、と。惨禍を繰り返したくないという切実な思いを利用し、感情に訴えかけてくる」
そう。高畑監督にいわせれば、「死にたくない」だけではダメだというのだ。むしろ逆に、「死にたくない、殺されたくない」という感情につけ込まれて、再び戦争は始まるものだと指摘する。
これを聞いて思い出したのが、百田尚樹氏やその支持者がしきりに口にしている『永遠の0』=反戦小説論だ。
先日、本サイトでも検証していたように、『永遠の0』は反戦でも何でもない、明らかな戦争賛美ファンタジー小説だ。軍上層部を批判してはいるが、こうすれば勝てたのにと作戦内容を糾弾しているだけで、戦争を始めたこと自体は一切批判していない。「死にたくない」というのが口癖の人物を主人公にし、特攻隊員が生命をかけていることについては悲劇的に描いているが、彼らが米軍機を容赦なく撃ち落としていることはまるでスポーツ解説でヒーローを褒め称えるように全面肯定している。
つまり、百田たちはこの程度のものを「私は『永遠の0』で特攻を断固否定した」「戦争を肯定したことは一度もない」「『永遠の0』は戦争賛美じゃない、反戦だ」と強弁しているのだ。
それに比べて、あれだけリアルに悲惨な戦争の現実を描きながら、自作のことを「反戦の役に立たない」という高畑監督のシビアさはどうだろう。
だが、高畑監督の言うように、死にたくない、殺されたくないというのは、一見、戦争に反対しているように見えて、それだけで戦争を抑止する力にはならない、というのは事実だ。
死にたくない、というだけなら、その先には必ず、死なないために、殺されないために相手を殺す、という発想が出てくるからだ。さらに、存在を放置しておいたら自分たちが殺される、という理由で、先に攻撃を加えるようになる。
実際、これまでの多くの戦争が「自衛」という名目で行われてきた。日本国憲法制定時の総理大臣?吉田茂は「国家正当防衛権による戦争は正当なりとせらるるようであるが、私は斯くの如きことを認むることが有害であると思うのであります。近年の戦争は多くは国家防衛 権の名に於て行われたることは顕著なる事実であります。」と言ったが、先の戦争はまさにそうだった。日本はアジア各国で『火垂るの墓』の清太と節子と同じように罪のない人たちを戦争に巻きこみ、日本兵が殺されたように他国の兵隊や一般市民を殺してきたのだ。
それは最近の戦争も変わらない。いや、ありもしない大量破壊兵器の存在を名目にアメリカが始めたイラク戦争のように、「殺されたくないから先に殺す」という傾向はますます強くなっている。自分は安全な場所にいてミサイルのスイッチを押すだけなら、戦争してもいいというムードさえ出てきている。
本当の意味で戦争をなくそうとするなら、「死にたくない」だけでは足りない、「人を殺したくない」という気持ちこそが、はじめて戦争の抑止力となる。おそらく高畑監督はそう言いたかったのだろう。
だが、残念ながら、この国はまったく逆の、百田的な方向に向かっている。「殺されたくない」という人の気持ちを利用して、集団的自衛権の行使容認や憲法9条の改正を目論む安倍首相をはじめとする勢力と、彼らがつくり出している空気に、いま日本は覆われようとしている。
高畑は同インタビュ―でそうした動きについても踏み込んで、つよく批判している。
「「戦争をしたとしても、あのような失敗はしない。われわれはもっと賢くやる。70年前とは時代が違う」とも言うでしょう。本当でしょうか。私たちは戦争中の人と比べて進歩したでしょうか。3?11で安全神話が崩れた後の原発をめぐる為政者の対応をみても、そうは思えません。成り行きでずるずるいくだけで、人々が仕方がないと諦めるところへいつの間にかもっていく。あの戦争の負け方と同じです」
そして、高畑は“憲法9条があったからこそ、日本は戦争によって殺されることも、だれかを殺すこともしないで済んできた”と言う。それがいま、安倍首相によって崩されようとしていることに強い懸念を示すのだ。
「(憲法9条が)政権の手足を縛ってきたのです。これを完全にひっくり返すのが安倍政権です。それも憲法改正を国民に問うことなく、憲法解釈の変更という手法で、です」
「「普通の国」なんかになる必要はない。ユニークな国であり続けるべきです。 戦争ができる国になったら、必ず戦争をする国になってしまう。閣議決定で集団的自衛権の行使を認めることによって9条は突如、突破された。私たちはかつてない驚くべき危機に直面しているのではないでしょうか。あの戦争を知っている人なら分かる。戦争が始まる前、つまり、いまが大事です。始めてしまえば、私たちは流されてしまう。だから小さな歯止めではなく、絶対的な歯止めが必要なのです。それが9条だった」
高畑がその才能を見出し、ともにライバルとしてスタジオジブリで切磋してきた同志?宮崎駿も、先日、ラジオで改憲に踏み切ろうとする安倍首相への危機感と9条の重要性を口にした。だが。映画界の世界的な巨匠ふたりが揃って発するメッセージを、安倍政権がまともに相手にすることはないだろう。
しかし、それは結局、わたしたちの選択の結果なのだ。高畑はこの国の国民のメンタリティについてこんな懸念を表明している。
「(先の戦争について)いやいや戦争に協力させられたのだと思っている人も多いけれど、大多数が戦勝を祝うちょうちん行列に進んで参加した。非国民という言葉は、一般人が自分たちに同調しない一般人に向けて使った言葉です。
「空気を読む」と若者が言うでしょう。私はこの言葉を聞いて絶望的な気持ちになります。私たち日本人は昔と全然変わっていないんじゃないか、と。周りと協調することは良いことですが、この言葉は協調ではなくて同調を求めるものです。歩調を合わせることが絶対の価値になっている。(中略)
古くからあるこの体質によって日本は泥沼の戦争に踏み込んでいったのです。私はこれを「ズルズル体質」と呼んでいますが、「空気を読む」なんて聞くと、これからもそうなる危うさを感じずにはいられません。」
18 = =2015/2/22 13:28:00
NHK、政権擁護の歪曲報道疑惑 野党の約3時間の首相追及報じず、首相答弁のみ
イスラム過激派組織?イスラム国によって日本人の人質が殺害されたとみられる事件に関し、安倍政権の政策や行動に対する批判を自粛する空気が一部に広がっている。それはマスコミや国会議員にも及び、危険な雲行きになりつつある。
「このような非常時には国民一丸となって政権を支えるべき」
「人命尊重を第一に考えるなら、政権の足を引っ張るような行為はしてはならない」
「いま政権を批判すれば、テロリストを利するだけ」
このような理屈で政権批判を抑え、翼賛体制が構築されるような雰囲気である。こうした空気に真正面から異を唱えるため2月9日、参議院会館内で「翼賛体制の構築に抗する言論人、報道人、表現者の声明」を発表する記者会見が行われた。
現状に危機感を抱くジャーナリストの今井一氏、映画作家の相田和弘氏、元通産官僚で現在さまざまなテレビ番組でコメンテーターを務める古賀茂明氏らが協力して声明文を作成した。
記者会見の冒頭、今井氏がこれまでの経過を説明した。それによると、2月1日にインターネット上で声明文を発表したところ、翌日には2万380ものアクセスがあったという。言論表現者として名前を出して賛同する人は2月11日現在で約2000人、職業として言論表現活動はしていないが、賛同者を支援すると表明した人が約3000人もいる。
賛同者の特徴としては、作家の平野啓一郎氏、馳星周氏、音楽家の坂本龍一氏、映画監督の是枝裕和氏、哲学研究者の内田樹氏など、錚々たる著名人が名を連ねていることが挙げられる。
もうひとつの特徴は、テレビ局、大手出版社、大手新聞などに所属するプロデューサー、ディレクター、編集者、記者などが実名で名乗り出ていることだ。
フリーで有名な言論人などが声明を発することはあっても、組織に所属する人が名前を出して政治的社会的発言をすることは極めてまれだ。その組織人が続々と名乗り出ているのは、いかに現状が危機的かを表している。
会見の司会進行を務めた今井氏は次のように語った。
「多くの著名人から賛同が寄せられたが、ネット上なので“なりすまし”も考えられる。そこで何人もの人に直接確認をした。例えば作家の中沢けい氏。電話で話すと間違いなくご本人で、『いま言論人が立ち上がらなければ、この国は駄目になる』という趣旨のことを強調されていた」
また、NHKの現役プロデューサーとディレクターも名前を出しており、彼らから届いたメールの内容も紹介された。
「黙っていることはもはや同意とみなされかねないので、危険な世の中になってしまったと危惧します」(プロデューサー)
「後藤健二さん、湯川遥菜さん、本当に残念でした。日本という国がいかに個人を守らない国か、よくわかった出来事でした。のみならず安倍政権は、このことを利用し、戦争をできる国にしようとしています。大変危険な局面にきていると思います。誤った道をこの国が選択することのないよう、個人としては微力であっても、口を閉ざすことなく言い続けていく必要があると思います。この声明に賛同します」(ディレクター)
NHKのほか、神奈川新聞、他の大手新聞社、大手出版社の社員も、声明の賛同者として名を連ねている。
記者会見当日は、パロディストのマッド?アマノ氏、憲法学者の小林節氏、古賀茂明氏、作家の雨宮処凛氏らが出席した。
古賀氏は、現在日本が置かれている情勢を次のように解説している。
「独裁に至るには3段階があり、(1)自由な言論の抑圧、(2)メディアが体制に迎合し自粛を重ねる、(3)民主的な選挙で独裁政権が誕生する、といった流れです。すでにZheng__Fu与党からメディアに対する圧力があり、今は第2段階に人っているといえます。圧力に加えて懐柔もあります。例えば、新聞社には消費税の軽減税率をちらつかせ、アメも用意しているのです」
このような段階で、メディアが政権の顔色をうかがって自粛を積み重ねていくと国民に正しい情報が伝わらず、現政権は正しい政治を行っていると人々は思い込み、選挙で独裁政権が生まれることになる。
「だからこそ、組織に属する人が名前を出してくれることは心強い」(同)わけだ。
古賀氏の言う第2段階、「自粛の積み重ね」「メディアの体制迎合」は人質問題の報道でも明らかになっており、会見後半で司会の今井氏が発表した調査結果は衝撃的である。
自粛というが、実は国会では野党議員が積極的に安倍政権の対応を追及しているのだ。それにもかかわらず、テレビ局が番組で積極的に取り上げていない実態がある。
以下は、今井氏が調査して発表した内容だ。
【2月2日】
2人の国会議員がそれぞれ70分間と105分間、安倍首相を追及した。それに対するテレビ報道の時間はどうか。
『NHK ニュース7』(NHK)…38秒
『ニュースウォッチ9』(NHK)…1分30秒
『News Zero』(日本テレビ系)…20秒
『報道ステーション』(テレビ朝日系)…4分17秒
『News 23』(TBS系)…30秒
『ワールドビジネスサテライト』(テレビ東京系)…30秒
『News Japan』(フジテレビ系)…放送なし
【2月3日】
5人の議員が追及。
『NHK ニュース7』…25秒
『ニュースウォッチ9』…5分
『News Zero』…30秒
『報道ステーション』…8分40秒
『News 23』…1分21秒
『ワールドビジネスサテライト』…2分
『News Japan』…21秒
【2月4日】
4人の議員が追及。
『NHK ニュース7』…3分10秒
『ニュースウォッチ9』…3分20秒
『報道ステーション』…4分
『News 23』…56秒
『ワールドビジネスサテライト』…放送なし
『News Japan』…20秒
唯一『報道ステーション』だけが一定時間以上報道しているが、他局はまともに伝えていない。NHKに至っては、野党議員の追及場面をほとんど映さず、一方的に安倍首相の答弁だけを流している。これは政権へのサービスであり、公共放送の役目を果たしていない。
テレビが政権にほぼ全面屈服している現状で、今回の声明は非常に意義深いものになるだろう。賛同者たちは、今後も言うべきことを言っていくという。声明の最後の部分を紹介しよう。
「私たち言論?表現活動に携わる者は、政権批判の『自粛』という悪しき流れに身を委ねず、この流れを堰き止めようと考える。誰が、どの党が政権を担おうと、自身の良心にのみ従い、批判すべきだと感じ、考えることがあれば、今後も、臆さずに書き、話し、描くことを宣言する」
一个国家能有批判新闻也是好的,冲这点我还是喜欢的20 = =2015/2/22 14:18:00
??新聞は読売だけで?十分」(Zheng__Fu高官)?朝日失墜で、安倍政権と読売の世論統制加速?
不过这也是朝日「もう朝日新聞や毎日新聞は読む必要はありませんよ。新聞は、読売の一紙だけ読んでいれば十分」。内閣官房高官が真顔でこう話す。9月11日、朝日の木村伊量社長が記者会見を開き、従軍慰安婦問題や吉田調書報道をめぐる誤報問題に関して経営トップとして初めて正式に謝罪し、吉田調書記事の撤回を表明した。
この一件は朝日に対する読者、国民の信頼低下を招いたが、事の本質はそのことだけにとどまるものではない。冒頭のコメントは、安倍晋三政権が新聞メディアの中で読売を特別扱いしていることの証左とも受け取れる。「特別扱い」とは、読売に優先的に情報を提供している、ということにほかならない。それを裏付けるかのように、米国務省関係者は次のように語る。
「ここ最近の読売は、いうなれば『日本版人民日報』と化している。Zheng__Fuの公式見解を知りたければ読売を読めばいい、というのが各国情報関係者の一致した見方となっている」
そして安倍政権の中枢は、そうした“見方”を強く意識するかたちで情報のコントロールに動いているようだ。前出の内閣官房高官が明かす。
「情報のコントロールがこちらの思惑通りに進めば、メディア統制も可能になってくる。そしてメディア統制に成功すれば、世論形成もリードすることができるようになる」
こうした安倍政権のメディア戦略は、成功すれば政権基礎を安定させる上で、大きくプラスに作用することは間違いない。しかし、一方では国民にとって大きなリスクを背負わせることも確かだ。安倍政権のメディア戦略は、これまでZheng__Fuの思い通りにはうまくいかなかったのが実情だった。なぜなら、朝日が反安倍派として大きな役割を果たしてきたからだ。
「もともと朝日は、これまでリベラル的な立場から反安倍というスタンスを強く打ち出してきた。一方、朝日と発行部数で1?2位を争う読売も、第一次安倍政権時代には容赦なく政権批判を展開していた。ところが、読売のスタンスは第二次安倍政権の発足とともにガラッと変わり、完全に体制擁護に回ってしまった」(経済官庁幹部)
果たして、安倍首相と読売との間に何があったのだろうか。
筆者の聞くところでは、安倍首相の後ろ盾となっていた大物マスコミOB(故人)が間に人るかたちで、安倍首相と読売トップが手打ちをしたのだという。そうなってくると、メディアによる公権力の監視、さらに公平かつ多面的な報道を担保する観点でも、朝日の役割が大きくなってくるわけだが、一連の誤報問題を受けて、朝日にその役割を期待できない状態に陥ってしまった。
対メディア戦略という点でも、安倍政権は向かうところ敵無しという状況になりつつある。
=======================================
不过这也是朝日自己作啊,不管什么倾向立场,首先事件的真实性有问题的话,那才是一般民众最受不了的,被不管是对手还是不是对手的抓住也没什么好说的了
2020条/页,1页
1